知床のひぐま

知床国立公園を訪れる方へ

はじめに

 ヒグマが高密度に生息する知床国立公園では、いつでも、だれでも、どこでもヒグマに出会う可能性があります。知床の自然を象徴する生き物であるヒグマに出会うことは、とても素晴らしい体験です。その一方、ひとたび人が誤った行動を取れば、人が怪我を負ったり、ヒグマが捕殺されるといった不幸な出来事も生じます。
 不幸な出来事を回避するため、ヒグマの観察方法(撮影行為を含む)とその際に守ってほしいルールをご紹介します。

ヒグマ観察方法

① 観光船を利用したヒグマ観察

 ヒグマに対して人の影響が小さく、なおかつ安全に高確率でヒグマの観察が出来るのは、観光船を利用したウォッチングツアーです。ウォッチングツアーでは、ヒグマとの距離を保ちながら、じっくりヒグマを観察することが出来ます。美しい知床の海岸線と山々。雄大な自然の中で野生に生きるヒグマの姿は、忘れられない旅の思い出になるでしょう。

観光船とヒグマ

観光船の情報は下記をご覧ください。
知床観光協会(斜里)
知床羅臼町観光協会

サケ食べるヒグマ

② 山林内や海岸での観察

 ヒグマの領域に立ち入る知識と装備を持っていますか?道路をひとたび外れれば、そこはヒグマの領域です。ヒグマの領域に踏み入った観察行為には、リスクと責任が伴います。ヒグマによる人身事故がひとたび起これば、社会に大きな影響を与えるだけではなく、そのヒグマは捕殺対象となります。また、たとえあなたが知識と装備を備えたプロのカメラマンであったとしても、目立つところで活動すれば一般の観光客が安易に真似してしまうかもしれません。
 自身の安全確保はもちろんのこと、以下のことを順守し、野生のヒグマの生活を尊重しながら慎重に行動してください。

・近づきすぎない!ヒグマと50m以上の距離を取る。

・クマ撃退スプレーを携行する!事前にクマ撃退スプレーの取り扱い方法を十分に確認しておく。

・ヒグマを誘引するような食料を持ち込まない。

・ブラインドや超望遠レンズを使用し、遠い場所から撮影する。

③ 移動中にヒグマを見かけたら

 道路を走行中にヒグマと遭遇することは珍しいことではありません。もし、ヒグマを見かけても車内に留まってください。車外に出ることは大変危険です。他の人が降車してヒグマに近づいていても、真似しないようにしましょう。また、車の中だから絶対に安全という訳ではありません。過度に接近したり、ヒグマの進路を塞いだりしてしまうと、車であっても攻撃を誘発してしまう可能性があります。

ヒグマを見かけても…
・車内に留まる。
・ヒグマに餌を与えない(コラム「ソーセージの悲しい最後」を参照)
・近づかない。ヒグマと十分な距離を取る。
・急カーブでの停車は危険
・通行の支障にならないよう、ヒグマを見たらすぐに移動する。

あなたの行動がヒグマの運命を変えます

 知床国立公園はヒグマの住みかです。私たちはヒグマの住みかにお邪魔しているという気持ちで、適度な距離を取り、ヒグマの生活を乱さないように振舞う必要があります。ヒグマに餌を与える行為、ヒグマの人慣れを招く過度の接近観察・撮影は厳に慎んでください。こうした行為は確実にヒグマの寿命を縮めます。
 人側の慎重な行動やルールの遵守により、ヒグマとのトラブルの大半は回避できるはずです。ヒグマ本来の野生の暮らしを守るため、みなさまのご協力をお願い致します。

ソーセージの悲しい最後

 コードネーム97B-5、またの名はソーセージ。初めて出会ったのは1997年秋、彼女は母親からはなれ独立したばかりだった。翌年の夏、彼女はたくさんの車が行きかう国立公園入口近くに姿を現すようになった。その後すぐ、とんでもない知らせが飛び込んできた。観光客が彼女にソーセージを投げ与えていたというのだ。それからの彼女は同じクマとは思えないほどすっかり変わってしまった。人や車は警戒する対象から、食べ物を連想させる対象に変わり、彼女はしつこく道路沿いに姿を見せるようになった。そのたびに見物の車列ができ、彼女はますます人に慣れていった。
 我々はこれがとても危険な兆候だと感じていた。かつて北米の国立公園では、餌付けられたクマが悲惨な人身事故を起こしてきた歴史があることを知っていたからだ。我々は彼女を必死に追い払い続け、厳しくお仕置きした。人に近づくなと学習させようとしたのだ。しかし、彼女はのんびりと出歩き続けた。

 翌春、ついに彼女は市街地にまで入り込むようになった。呑気に歩き回るばかりだが、人にばったり出会ったら何が起こるかわからない。そしてある朝、彼女は小学校のそばでシカの死体を食べはじめた。もはや決断のときだった。子供たちの通学が始まる前にすべてを終わらせなければならない。私は近づきながら弾丸を装填した。スコープの中の彼女は、一瞬、あっ、というような表情を見せた。そして、叩きつける激しい発射音。ライフル弾の恐ろしい力。彼女はもうほとんど動くことができなかった。瞳の輝きはみるみるうちに失われていった。
 彼女は知床の森に生まれ、またその土に戻って行くはずだった。それは、たった1本のソーセージで狂いはじめた。何気ない気持ちの餌やりだったかもしれない。けれどもそれが多くの人を危険に陥れ、失われなくてもよかった命を奪うことになることを、よく考えてほしい。

人とクマがうまくやっていく道はあるはずだ。
編集・写真・文章:公益財団法人 知床財団